第138回 天皇賞(秋)
女性はいつの時代も強くたくましいものだが、スポーツの世界においては男性との間に埋めがたい肉体の差があるのも事実。
それは競馬も例外ではなく、牝馬といえばその競争能力において牡馬と大きな差があるのが常であった。
しかし、2000年代後半にはある2頭の牝馬が牡たちとの真っ向勝負に勝ち続け、最強の座を争っていた。
そして2008年、その2頭が直接対決を遂げる舞台となったのが
『第138回天皇賞(秋)』
である。
この時代に活躍していた2頭の牝馬といえば、他ならぬ『ウオッカ』と『ダイワスカーレット』である。
ウオッカは前年、牝馬としては64年ぶりに東京優駿を制したことでスポットライトを浴び、アイドルホースとして旧来の競馬ファンに留まらない圧倒的な人気を誇っていた。
一方のダイワスカーレットにはウオッカのような華やかさこそなかったが、ここまで連対率100%という安定した成績を誇り、また3歳時にはウオッカとの対決で3勝を挙げている、れっきとした実力馬であった。
光のアイドルホースと、影の実力馬。
この年の天皇賞は、2頭が古馬になってから初めて激突するレースとして注目を集めた。
「ウオッカとダイワスカーレット、最強の牝馬はどちらか?」
2008年11月2日の東京競馬場で、まさにその答えが出ようとしていた。
レース当日、1番人気に選ばれたのはウオッカであった。
ダイワスカーレットは長期の休み明けというハンデを抱えながらも、この年のダービーを制した牡馬ディープスカイを抑えての2番人気となった。
そして15:40。
女の熱い戦いが幕を開けた。
まず勢いよく飛び出したのはダイワスカーレット。
走りたがる気性そのままにレースの主導権を握る、いつものスタイルだった。
ディープスカイは過去の勝ち鞍よりかなり前方の6番手につけ、大外からの発走になったウオッカもそのすぐ後ろ7番手。
このときウオッカは、かねてより最強牝馬の座を争い続けたライバルとの再戦に興奮してか、わずかに行きたがるところを見せていた。
鞍上の武豊は、女王のプライドを刺激しないよう細心の注意を払いながら、そのペースを抑えていた。
ハナを切ったダイワスカーレットは先頭を走り続けていたが、後続との差がなかなか広がらない。
気づけば1000m通過タイムは58.7のハイペース、息を抜くところのないレース展開となった。
ウオッカとディープスカイの鞍上は3コーナーを回ってもまだ手綱を握ったまま、ギリギリまで機を伺う構え。
4コーナーを回りながら身体を外に持ち出し、馬なりで進出を開始した。
ダイワスカーレットは依然として先頭に立ち、鞍上の安藤勝己が仕掛けるのを待ち構えていた。
そして、先頭集団が残り400mを切ったそのとき、3人の騎手が一斉に追い出しを開始した。
未だ勢いの衰えないダイワスカーレットに2頭が追いすがる。
後方でのたたき合いを制したウオッカは、残り200mでついにダイワスカーレットを差して先頭に立った。
全てを考慮すれば、このままウオッカが勝利してもおかしくない状況だった。
しかし、ダイワスカーレットの粘りは凄まじいものがあった。
『私はウオッカには負けない』
まるでそう言わんばかりの走り。
G1という最高峰のレースをハイペースで引っ張り、脚を使い続けたてきた影の実力馬は、ほとんど意地だけを原動力にウオッカを追い続けた。
一方、3歳時には彼女に負かされ続けてきたアイドルホースもまた必死だった。
『ダイワスカーレットには負けない』
そんな思いが伝わってくるような、気迫に満ちた走りでゴールを目指した。
そして、ダイワスカーレットの差し返しが届くかどうかというその時、両者の鼻先がほとんど同時にゴール板を通過した。
その後の写真判定には長い時間がかかった。
目で見る限り、どちらが先着したかは全く判別できなかった。
「同着でもいいんじゃないのか」
ファンからはそんな声も挙がった。
しかし、果たしてウオッカやダイワスカーレットは、そのような決着を望んだだろうか。
勝ったのは14番のウオッカか、7番のダイワスカーレットか。
人々が固唾を飲んで掲示板を見守ること十数分、ついに着順が確定し、
"1着:14"
の文字が表示された。
その着差はわずか2cmであった。
ウオッカとダイワスカーレット。
2頭の名牝の直接対決は、これが最後の機会となった。
ウオッカはその後の競走馬生活で歴代牝馬最多のG1レース7勝を挙げ、ダイワスカーレットもまた歴代牝馬最多となる生涯12戦12連対という記録を達成した。
最強牝馬決定戦と目されたこの日の対決はウオッカに軍配が上がったが、今日においてもなお、当時を知る競馬ファンの間では議論が絶えない。
第138回天皇賞(秋)
1着:ウオッカ(武豊)
2着:ダイワスカーレット(安藤勝己)
3着:ディープスカイ(四位洋文)
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