シンボリクリスエス

スランプ脱却から見せた進化で
2年連続の年度代表馬に

【生年月日】1999年1月21日
【引退日】2003年12月28日 有馬記念(G1)
【父】Kris S
【母】Tee Kay
【母方の父】Gold Meridian
【母方の母】Tri Argo
【産地】アメリカ
【馬主】シンボリ牧場
【調教師】藤沢和雄(美浦)
【生涯成績】15戦8勝(8.2.4.1)

シンボリクリスエスは、G1優勝を4度も飾ったスターホース。

彼はデビュー戦こそ勝利しましたが、以降は馬券には絡むも勝ち切れない展開に悩まされていました。

そんなもどかしい状況が好転したのは、5戦目の山吹賞で1着に返り咲いてからでした。

次走の青葉賞(G2)でも重賞初挑戦ながら見事に優勝し、サラブレッドが目指す最高の舞台である東京優駿(日本ダービー)の優先出走権を獲得したのです。

しかし、重賞連勝とダービー馬という称号を懸けた日本ダービーは1番人気の期待に応えられず2着に敗れてしまいます。

初挑戦でのG1制覇は叶いませんでした。

この後4か月の休養に入ったシンボリクリスエスは、秋競馬から劇的な成長を見せることになります。

休み明け初戦となる神戸新聞杯で、2着と2馬身半の差を付けて圧勝。

さらに天皇賞(秋)でも、ナリタトップロードやテイエムオーシャンなどの古馬たちがいる中、わずか3歳の身で優勝を手にしたのです。

3歳馬による天皇賞(秋)制覇は史上3頭目のことで、シンボリクリスエスにとっては記念すべきG1初勝利となりました。

翌月の有馬記念では、トップを走るタップダンスシチーを、シンボリクリスエスは最速の上がりで差し切って勝利します。
人気は2番手でしたが、それを上回る結果を出したのです。

これで天皇賞(秋)に続く2回目のG1勝利となりました。
その年2回G1優勝を果たした牡馬はシンボリクリスエスだけでした。

秋競馬での実績が評価され、シンボリクリスエスは2002年の年度代表馬に選ばれました。

翌年、彼の4歳初戦は宝塚記念でした。

前走から半年振りだったにも関わらず1番人気の支持を得たシンボリクリスエス。
昨年の年度代表馬らしい走りぶりを期待されましたが、その期待に応えることは出来ず5着に終わってしまいます。

レースの勘を取り戻すため次走に力を注ぐかと思われましたが、去年見せた秋での復活を狙って再びシンボリクリスエスは休養に入ることに。

休み明け最初に挑んだのは、昨年記念すべきG1初勝利を飾った天皇賞(秋)。
目指すは史上初の連覇です。

レースは激しい先行争いで幕を開けました。
不利とされている大外枠のシンボリクリスエスは、悠然と中団で追走。

先頭2頭は、ハイペースで進んでいたため東京2000mを乗り切るのが難しかったのでしょう。
4コーナー後、共に失速してしまいます。

そのチャンスを、シンボリクリスエスは逃しませんでした。

最後の直線で抜け出し、前に残った馬をあっさり交わして先頭に立つと、そのまま一気にゴールしたのです。

3回目となるG1勝利と同時に、史上初の連覇を達成した瞬間でした。

そして12月28日、シンボリクリスエス現役最後の日がやってきます。

有終の美を飾ることになるレース、有馬記念です。

ハイペースな展開になる中、シンボリクリスエスは中団でスタミナを温存。
ラストの直線で一気に先頭に立つと、あとはもう独走状態でした。

2着のリンカーンに9馬身という圧巻の差をつけ、コースレコードをも更新する快走を見せたシンボリクリスエス。

史上4頭目となる有馬記念連覇を果たし、前年に続き2003年の年度代表馬に選出されたのです。

2年連続の受賞は、1985年のシンボリルドルフ以来18年ぶりとなる快挙でした。

過去の歴代年度代表馬
2002年・2003年: シンボリクリスエス
2004年: ゼンノロブロイ
2005年・2006年: ディープインパクト
2007年: アドマイヤムーン
2008年・2009年: ウォッカ
2010年: ブエナビスタ
2011年: オルフェーブル
2012年: ジェンティルドンナ
2013年: ロードカナロア
2014年: ジェンティルドンナ
2015年: モーリス
2016年: キタサンブラック
うま

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