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アイネスフウジンが勝利した日本ダービーは1990年です

ナカノコールはギャンブルで無く純粋に競馬のドラマを楽しむ象徴と言えた

1990年 57回 日本ダービー結果
着 馬 騎手
1 アイネスフウジン 中野栄治
2 メジロライアン 横山典弘
3 ホワイトストーン 田面木博公

1990年5月27日。
この日、競馬史に残る大記録が達成されたわ。

1日のうちに、19万6517人もの観客が東京競馬場に押し寄せたの。

これは、世界のどの競馬場を見渡しても未だ破られていない、史上最高の入場者数よ。

この時代の日本競馬と言えば、地方から来た葦毛の怪物、オグリキャップのブームに沸いていた頃だったわ。

だけど、この歴代最高の入場者数を達成した5月27日は、オグリキャップに出走権のないクラシック競争の開催日よ。

スタンド中を埋め尽くすほどの観客たちは皆、アイドルの不在にも関わらず、純粋に競馬を楽しみに来ていたの。

そして、その19万人を熱狂させたレースこそが、第57回日本ダービーよ。

この日は前走皐月賞勝者のハクタイセイや、朝日杯3歳ステークスで勝利したアイネスフウジンなどの有力馬が参戦を表明し、上位人気を争っていたわ。

その中でも1番人気に選ばれたのは、皐月賞でハクタイセイの2着に敗れたものの、その走りが高く評価されたメジロライアンだったわ。

メジロライアン陣営にとって、日本ダービーは特別な意味を持つレースだったの。

生産者にして馬主でもあったメジロ牧場は、この最も名誉あるG1で過去3度も2着馬を輩出しながら、未だ勝利を掴めずにいたわ。

さらに皐月賞で敗れたハクタイセイが出走する今回は、展開に泣かされ、不完全燃焼に終わった前走の負けを取り戻すチャンスでもあったのよ。

馬主メジロ牧場の悲願達成と、前走の雪辱。

陣営がこの年の日本ダービーにかける意気込みは相当なものだったわ。

だけどこのレースにかける思いが最も強かったのは、三番人気のアイネスフウジンに騎乗した中村栄治騎手でしょうね。

当時中村は、アイネスフウジンに騎乗した直近2走での敗北により、メディアからその実力を不安視されていたわ。

それでも自分を主戦騎手とし続けてくれた厩舎に、彼は何としても恩を果たさねばならなかったの。

奇しくもこの日、人気上位の2頭は前走で敗れたハクタイセイと、2走前で敗れたメジロライアン。

中村とアイネスフウジンにとって、この日本ダービーは何としても勝たねばならないレースだったのよ。

1990年5月27日15:30分。

誰もが欲しがる栄光に向け、戦いの火蓋が切られたわ。

まずはアイネスフウジンがハナを切り、他の21頭を引き連れてレースを作っていく。

ハクタイセイは果敢に2番手から、1番人気のメジロライアンはちょうど真ん中の11番手からレースを進めていったわ。

アイネスフウジンの1000m通過タイムは59.8と1分を切るラップ。

また道中は13秒台が一回もなく、息をつくところのないペースで走り続けていたの。

普通に考えれば、到底先頭の脚がもたない展開だったわ。

中団のメジロライアンと横山騎手は、来るべき時に備えてじっくりと脚を溜めたの。

だけど、レースも終盤にさしかかる1600m過ぎ、アイネスフウジンのペースはさらに上がっていくわ。

2番手ハクタイセイがすぐさまそれに反応したの。

第3コーナーの大ケヤキを過ぎ、ハクタイセイがいよいよ先頭を捕まえにかかったわ。

中団のメジロライアンはぎりぎりまで粘り、4コーナー手前から徐々に上がっていったわ。

どちらもまだ前とは差があったけど、道中のペースを考えれば十分差し切れる流れではあったわ。

そして、栄光のゴール板まで残り500m。

各馬が一斉に先頭に襲い掛かったの。

だけど、ここでも尚先頭のペースは落ちなかったわ。

坂下で愛馬を鼓舞する中野。

それに応えるアイネスフウジン。

後ろでは脚を使い続けたハクタイセイが脱落。

もはや人馬一体となった二人の勝利をおびやかす相手は、あと1頭だけとなったわ。

逃げるアイネスフウジン。

そのリードはまだ数馬身。

だけど外から猛然と赤い帽子が迫ってきたわ。

メジロライアンと横山典弘よ。

追い上げるメジロライアン。

懸命に逃げるアイネスフウジン。

残り200m、まだ後ろとは十分な差があった。

残り100m、逃げ続けたアイネスフウジンの脚が止まった。

残り50m、それでも懸命に、歩くようなペースで逃げ続けた。

そして遂に、後方1馬身1/4差まで迫っていたメジロライアンを退け、アイネスフウジンがトップでゴールを通過したのよ。

3歳王者の威厳を取り戻したアイネスフウジンと、メジロ牧場の悲願を果たせなかったメジロライアン。

2頭の明暗がはっきりと分かれた瞬間だったわ。

勝ったアイネスフウジンと中野栄治。

向う正面で一度立ち止まり、ゆっくりとメインスタンドに引き返してきた人馬をファンは讃えたわ。

その声援はいつしかコールの形をとり、そのコールはついにスタンド中を巻き込んだのよ。

「ナ・カ・ノ! ナ・カ・ノ!」

その場の誰もが、的中も配当も関係なく、ただ勝者を称えたのよ。

この光景は、これまでの日本競馬にはない全く新しいものだったわ。

人々が、馬と人との織りなすドラマに魅せられ、それを純粋に楽しんだ結果だったわ。

1990年5月27日。

この日は日本における競馬ブームのまさに頂点であり、同時に競馬が単なるギャンブルの枠を超えたことを象徴する、大きなターニングポイントでもあったわ。

中野騎手を称えた大声援はのちに『中野コール』と呼ばれ、この歴史的な日を象徴する出来事として、競馬ファンの心に深く刻まれているわ。

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