2012年、凱旋門賞

第91・92回 凱旋門賞

1969年、スピードシンボリの遠征から始まった、日本馬による凱旋門賞への挑戦。
その歴史の中で、連対を果たした日本調教馬はわずか3頭しかいない。
1999年に、3着以下を引き離してトップと半馬身差の2着となったエルコンドルパサーと、2010年、先頭を差し返しそうなほどの末脚で、勝利までアタマ差に迫ったナカヤマフェスタ
そして、2012年と2013年の二度に渡って2着となったオルフェーヴルである。

オルフェーヴルは、主戦の池添騎手に言わせれば「何をするか分からない」馬だった。
2歳の新馬戦では圧勝したものの、その後池添騎手を振り落として放馬、3戦目の京王杯2歳ステークスでは激しいイレ込みにより大敗を喫した。

3歳の春は池添騎手が勝利を二の次に競馬を教え込んだが、その後も気性の荒さは健在。
クラシック3冠を果たした菊花賞ではゴール後に再び放馬、4歳春の阪神大章典では第三コーナー付近で外ラチぎりぎりまで逸走し、G1馬としては異例の平地調教再審査が課された。

しかし、その阪神大章典では第四コーナーから勢いを取り戻して最終的に2着となるなど、能力の高さには目を見張るものがあったのも事実。
オルフェーヴルが凱旋門賞への挑戦を決定した際には、大いに国内からの期待と注目を集めた。
そのときファンの間で大きな話題となったのが、遠征時の鞍上がスミヨン騎手に乗り替わること。
「金色の暴君」の異名をもつ暴れ馬に折り合いを教えた池添騎手を降ろす、という陣営の決断は、競馬ファンを二分する議論の的となった。

そしてレース当日。
この年の凱旋門賞は、多くの有力馬が出走を取りやめていた。

日本でエリザベス女王杯を2連覇した英国馬スノーフェアリーは故障、前年の覇者デインドリームは本国ドイツで発生した馬伝染性貧血の影響で出走を断念した。
前年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス優勝馬のナサニエルも熱発を起こし、欧州の古馬勢は確たる主役を欠いた状態
そんななか、日本のオルフェーヴルは前哨戦のフォア賞を快勝したこともあり、1番人気に推すブックメーカーが表れるほどの支持を得た。

今年こそ勝てるかもしれない、と日本中の誰もが思った。

レースが始まると、オルフェーヴル鞍上のスミヨンは馬体を後方に下げ、外側17番手辺りにつけた。
このときハナを主張したのはアーネストヘミングウェイ
当日の1番人気、キャメロットの陣営が用意したペースメーカーである。
当のキャメロットは3番手あたり、3番人気グレートヘヴンズは中段内側といった隊列でレースは進んでいった。

日本のペースメーカー、アヴェンティーノを近くに置き、かろうじて落ち着きを保ちながらレースを続けたオルフェーヴル
ロンシャン競馬場の名所、フォルス・ストレートに差し掛かっても、行きたがるところを見せず折り合い良く走っていた。
このとき先頭は引き続きアーネストヘミングウェイ、続いてロビンフッド、ミハイルグリンカ、その内にソレミア
各馬が第四コーナーを越えるころ、最後方のオルフェーヴルは馬なりで進出を開始した。

そしてレースは最後の直線へ。
先行集団のソレミアと、中段から抜け出してきたミアンドルが先頭を競り合う後方には、他とは明らかに次元の違うスピードで大外を突き抜ける、栗毛の馬体があった。

日本のオルフェーヴルだ。
その強烈な末脚は、まさしく「金色の暴君」の異名にふさわしい走り。
オルフェーヴルはスミヨンの早目の仕掛けに機敏に反応し、残り300m地点で早くも先頭に躍り出た。
日本中、世界中の競馬ファンがこのとき、オルフェーヴルの勝利を確信した。

しかしその直後、スタンド前では誰もが目を疑うような光景が繰り広げられる。
オルフェーヴルが突如、内ラチに向けて大きく斜行しながら失速し始めたのだ。
早仕掛けが堪えたか、あるいは暴君の単なる気まぐれか。
勝負を捨てたかのような走りを見せるオルフェーヴルをスミヨンが必死になだめたが、その外からは、一度はかわした筈のソレミアが迫ってきていた。

2頭の差は1馬身、半馬身、アタマ差と迫り、2頭がゴールを超えた瞬間には、ソレミアがクビ差先行していた
1度は世界に勝利を確信させたオルフェーヴルが、まさかの2着に敗れたのだ。

仕掛けがもう少し遅ければ、あるいは本番までに、スミヨンがオルフェーヴルの斜行癖を経験できていれば、あるいは何か、どんな些細なことでもオルフェーヴルに味方してくれていれば、勝てたかもしれないレースだった。
一度は確かに掴んだはずの勝利を獲り落とした陣営は、翌年のリベンジに向けて決意を固めた。

――そして2013年。
オルフェーヴルは再びロンシャンのターフに立っていた。

8月24日にフランスに降り立って以降の調教は順調で、前哨戦のフォア賞では後続を3馬身突き放して圧勝。
今回ふたたび鞍上を任されたスミヨン騎手も「馬が大人に、クールになっていた」と気性面の成長を称え、1年越しのリベンジに向けてまさに万全の仕上がりだった。
またこの年は日本からダービー馬キズナも出走するとあって日本勢への期待は高く、レース当日のロンシャン競馬場には5800人もの日本人が訪れた。

しかし、この第92回凱旋門賞は、あまりにもあっけない幕切れを迎える。

レース中、オルフェーヴルはイレ込むところをどうにか抑えられながら中段の後方外目を、キズナはその更に後方を走っていた。
フォルス・ストレートで後方から追い上げて行った3歳牝馬トレヴを目標に、2頭は最後の直線で一気に追い出しにかかった。
しかし、先頭トレヴのスピードはすさまじく、必死に追い上げる後続との差をどんどん広げていく。
そうして、オルフェーヴルは1着トレヴと5馬身差の2着、キズナは先頭から7馬身以上の差をつけられた4着と、いずれも着順こそ良いものの大敗と言わざるを得ない結果となったのである。

このトレヴは、翌2015年にも同競争を勝利し、牝馬としては77年ぶりの凱旋門賞連覇を成し遂げることとなる、桁外れの名馬である。
のちに21世紀最強牝馬とも評される彼女の出走は、オルフェーヴル達の、そして日本競馬界の不運であった。

凱旋門賞に2度出走しながら、2度とも栄光を掴み損ねたオルフェーヴル。
しかしその活躍は、日本の競馬がたしかに世界で通用することを改めて感じさせてくれたのだった。

第91回凱旋門賞
1着:ソレミア(O.ペリエ)
2着:オルフェ-ヴル(C.スミヨン)
3着:マスターストローク(M.バルザローナ)

第92回凱旋門賞
1着:トレヴ(T.ジャルネ)
2着:オルフェ-ヴル(C.スミヨン)
3着:アンテロ(O.ペリエ)

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