アンライバルド

アンライバルド

96年に日本ダービーを制し、日本版『神の子』と称されたフサイチコンコルドという馬がいた。
そのフサイチコンコルドから遅れること13年。
弟がクラシック制覇を成し遂げた。

その弟とは…

『アンライバルド』

栗東の友道康夫厩舎に入厩したアンライバルドは、デビュー戦を京都で迎えることとなる。
しかし、この新馬戦はただの新馬戦ではなく“伝説の新馬戦”と言われているほどの好メンバーが揃っていたのだ。

後に混合G1で活躍をするブエナビスタ。
翌年のダービー2着のリーチザクラウン。
菊花賞馬のスリーロールスなど強豪が集ったレースであった。

このレースでアンライバルドは3番人気に推されていた。
ゲートが開き好位からレースを進めていく。
有力馬はその後ろに固まっていた。
直線を向き鋭い脚で伸び、最後はリーチザクラウンを1馬身1/4制し初勝利を飾った。

次に向かったのはオープンの京都2歳ステークス。
鞍上は落馬で負傷した岩田康誠に変わり若手の川田将雅が手綱をとった。
が、道中折り合いを欠き直線も伸びず3着に敗れた。

年が明けて向かったのはオープンの若駒ステークス。
このレースから岩田康誠に手綱が戻った。
レースは中団から進め、直線では中程から伸び1着。
2着に3馬身半をつける快勝であった。

間を挟み皐月賞トライアルのスプリングステークスに出走。
ここでも中団待機でレースを進めていき、4コーナー手前から進出を開始し 直線では力強く伸び2着に半馬身差をつけて勝利。
これで、皐月賞出走を決めた。

2009年4月19日第69回皐月賞。
トライアルを勝ったにも関わらずアンライバルドは3番人気での出走となった。
1番人気は弥生賞を勝ったロジユニヴァース。
2番人気はきさらぎ賞を勝ったリーチザクラウン。
中でもロジユニヴァースは抜けた人気になっていた。

有力馬ではリーチザクラウンが1番前で、ロジユニヴァースがその後ろ。
アンライバルドは中団からやや後方の位置取りであった。
1000m通過が59.1。
3強対決が見れるかと思っていたら、リーチザクラウンとロジユニヴァースが早々脱落。
その後ろからまくってきたアンライバルドは、直線で後続を離し追い込んできたトライアンフマーチの追撃を振り切り勝利。
見事、皐月賞制覇を成し遂げ兄弟でのクラシック制覇を達成した。

次に目標にするのはもちろん兄が輝いた府中の2400。
競馬の祭典『日本ダービー』である。

しかし、思わぬ事態がアンライバルドを襲うのであった…

2009年5月31日第76回日本ダービー。
レース前にバケツをひっくり返したようなとてつもない雨が降りレースの頃に馬場は不良。
差し足が持ち味のアンライバルドにとっては決して良い条件ではなかった。

レースはジョーカプチーノが逃げ前半1000mのペースは不良では異例の59.9のハイペース。
2番手のリーチザクラウンのペースが平均くらいだろうかと思った。
どこを走っても芝が掘れてしまうくらい馬場は緩かった。

直線を向いてリーチザクラウンが2番手から抜け出してくる。
その内を突いてロジユニヴァースが追いすがる。
後方から脚を伸ばそうとするアンライバルドだが、やはり馬場の影響なのか皐月賞ほどの伸びは見受けられなかった。
勝ったロジユニヴァースから2秒遅れることの12着と敗れた。

この雨のダービーの影響をここで走った馬のほとんどがその後の走りに影響を及ぼした。
それだけ、この不良馬場が堪えた形となったのだ。

菊花賞でのG1奪取を目指し秋は神戸新聞杯から始動。
中団からレースを進め最後は追い上げるも4着が一杯だった。
続く菊花賞に出走したのだが、距離の壁なのか最後は伸びることなく15着。
暮れの有馬記念にも参戦するが、ここも15着。

その後屈腱炎を発症し長期の休養に入ることとなった。
1年半後の金鯱賞で復活し、5着とまずまずの成績を上げた。
秋はオールカマーからの復活を目指していたのだが、再び屈腱炎を発症。
そのまま引退となった。

兄同様輝きは一瞬であった。
しかし、皐月賞で見せたレースは見ているものに衝撃を与えた。

そういった意味では 『フサイチコンコルドとアンライバルドはやはり兄弟なのだろう』

アンライバルド
生年月日:2006年4月13日
父:ネオユニヴァース
母:バレークイーン
戦績:10戦4勝
主な勝ち鞍:'09皐月賞(G1)
調教師:友道康夫
騎手:岩田康誠
馬主:サンデーレーシング
生産者:ノーザンファーム

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