アドバイヤグルーヴ

アドバイヤグルーヴ

サラブレッドという生き物は常に何かを背負わされて生まれてくるものだ。
使命とか宿命とかそんなものは人々のエゴにしか過ぎないのに、それを競走馬の4本の脚に託しターフに送り込む。
その血脈が優れれば優れるほど背負わされるものはどんどん大きくなっていく。
遂には人々の『夢』までも背負わされてしまうのだ。

そんなとてつもない“夢”や“使命”を生まれる前から背負わされている馬がかつていただろうか。
祖母は83年にオークスを制したダイナカール。
母は97年に天皇賞(秋)を勝ったエアグルーヴ。
父は大種牡馬サンデーサイレンス。

生まれてきた仔の名は…

『アドマイヤグルーヴ』

この馬が背負わされていた使命。
それは、

ダイナカール・エアグルーヴと続く
“母仔3代オークス制覇”

“牝馬による母子2代天皇賞(秋)制覇”

と、達成をするにはもはや天文学的な確率の事だ。

しかし、その天文学的な確率の事を本気でアドマイヤグルーヴは背負わされて生まれてきたのだ。

エアグルーヴの初仔として2000年の夏にセレクトセールに上場されたのだが、 落札価格が当時の最高価格となる“2億3000万”という牝馬としては破格の値段で取引がされた。
これがこの馬への評価であり期待であった。

栗東の橋田満厩舎に入厩したアドマイヤグルーヴは2002年の11月にデビュー戦を迎えた。単勝1.2倍とファンも圧倒的な支持で迎えた。
エアグルーヴの初仔。
見ている方も楽しみで仕方がなかったのだ。
大外枠からスタートし好位で進んでいき、終いは33.9の末脚を繰り出し見事デビュー戦を飾った。
次走は、G1の阪神ジュベナイルフィリーズへの登録をしたのだが抽選に漏れてしまい翌週のエリカ賞に出走。
ここでもその能力をいかんなく発揮し勝利。

年が明けて2003年。
クラシックへ向けて賞金的が足りてないアドマイヤグルーヴは当然、 桜花賞トライアルに向かうと思われていたが、皐月賞トライアルの若葉ステークスに出走した。
牝馬の若葉ステークス出走は異例中の異例であった。
つまり、ここは何が何でも勝たなければその時点で桜花賞の扉は閉ざされてしまうのであった。
しかし、ここでもアドマイヤグルーヴは並み居る牡馬を蹴散らし勝利。
これで桜花賞出走は可能となった。

この年の牝馬クラシックはアドマイヤグルーヴを中心に回っていた。
のだが、一頭の牝馬がライバルとなってアドマイヤグルーヴの前に立ちはだかった。
アドマイヤグルーヴのライバルスティルインラブだ。

母エアグルーヴが出走できなかった桜花賞に娘はやってきた。
1番人気ではあったのだが、ライバルのスティルインラブとはオッズでは並んでいた。

桜並木の下のゲートが開いた瞬間アドマイヤグルーヴは出遅れた。
そして、武豊は愛馬を内に潜り込ませた。
奇しくも89年に桜花賞を勝ったシャダイカグラと似たような感じになっていた。
4コーナーを前に進出を開始するのだがスペースが見つからなかった。
そこから、外に馬を持ち出し猛然と追い込んでくるが3着までだった。
最後まで出遅れが響いた形であった。

2003年5月25日第64回オークス。
このオークス制覇こそアドマイヤグルーヴに課せられた紛れもない宿命であった。
単勝は1.7倍。
桜花賞を負けたにも関わらず人気は上がった。
歴史的快挙を望んだファンが多かったのだ。

スタートが切られた瞬間、アドマイヤグルーヴは再び出遅れてしまった。
これで位置取りは後方から2番手。
最後の直線を向いて大外に持ち出し追い込んで来たのだが7着。
歴史的快挙が達成されることは無かった。

スティルインラブ二冠を後ろから見た春のクラシック。
その雪辱は秋華賞しか残されていなかった。
その為にも勝ちたいローズステークス。

1番人気はスティルインラブに譲ったが、レースでは出遅れることなく終始スティルインラブをマークする形。
最後の直線でアドマイヤグルーヴと武豊は内を選び逃げるヤマカツリリーを捉えて勝利。ラスト一冠奪取へ向けては最高の勝利だった。

迎えた秋華賞。
再びアドマイヤグルーヴが1番人気に支持された。

今回は出遅れることなく中団に取り付いた。
相手はただ一頭。
スティルインラブだけだった。
その1馬身後ろで動きを見ていた。
先に動いたのはスティルインラブであったが、武豊は直線まで追い出しを我慢した。
先に抜けたスティルインラブ目掛けて追いすがるが3/4馬身詰めたところがゴールだった。
結局、タイトルを一つも手に入れる事が出来ずにクラシックは終わった。
本来なら自身が成し遂げるはずだった3冠を全て後ろから見る形となりこの上ない屈辱となってしまった。

次走は古馬との戦いのエリザベス女王杯に決まった。
宿敵に一矢報いるにはこの舞台しか残されていなかった。

2003年11月16日第28回エリザベス女王杯。
ライバルにクラシック三冠を射止められ、このエリザベス女王杯までも射止められるわけにはいかなかった。
祖母ダイナカール。母エアグルーヴの名に懸けても負けるわけにはいかなかった。
それが、この馬の宿命であり生まれながらの運命であった。

7番枠からスタートしたアドマイヤグルーヴは中団に控えてレースを進めて行く。
それは、ライバルを眺めるには絶好の位置だった。
この光景は何度も見た。
桜花賞、オークス、秋華賞も全てライバルをマークする形ではあったが捉える事が出来なかった。
3コーナーを過ぎて坂の下りで徐々に前との距離を詰めていく。
ライバルが先に抜け出した所を、外に出したアドマイヤグルーヴは自慢の末脚で差を詰めていく。
3歳牝馬による叩き合いは外のアドマイヤグルーヴに軍配が上がった。
ライバルに一矢報いた瞬間であった。

クラシックでは悔しい思いをしてきたが、ここでやっとその持っている能力を発揮し見事にG1馬の仲間入りを果たした。

まだ、母に肩を並べたとは言えない3歳時。
誰しもこの馬が4歳になり母に近づくことを夢見ていた。

これこそ、この馬が背負わされた人々の『夢』であった。

古馬になりアドマイヤグルーヴは当然のように牡馬との戦いを選択するのであった。
その初戦に選ばれたのは、春の産経大阪杯であった。
3番人気に支持されるも結果は8着、続く金鯱賞では5着。
思うような結果は出せていなかった。

宝塚記念をパスして向かったのは、牝馬限定戦のマーメイドステークスであった。
単勝1.5倍のダントツ人気。
ここは負けられない戦いであった。

外からスタートしたアドマイヤグルーヴは、中団の外からレースを進めて行き、 最後の直線で少し仕掛けられるとそこからの伸び脚は他の馬が止まって見えるほどの伸び脚であった。
楽勝の1着。
牝馬戦では力が違う所を見せつけたのだ。

夏を休養に充て、秋は京都大賞典から始動。
結果は4着。
なぜか牡馬と交じると力が発揮できないような面があったのだ。
そして前人未到の母子による天皇賞(秋)制覇を目指し、 2004年10月31日第130回天皇賞(秋)に出走したのだ。

人気は9番人気と母とは全く違う評価であった。
これまでの牡馬との戦いの結果が評価として現れていた。

8番枠とちょうど真ん中から出たアドマイヤグルーヴは道中は中団の内で脚を溜めていた。
1000m通過が60秒とややゆったりとした流れをしっかりと折り合っていた。
直線を向き、内を突いて伸びてくるが前2頭を捉える事が出来ずに3着。
これまでの結果を考えれば善戦したほうではあったが、この馬の背負っているものを考えれば納得できるものではなかった。

陣営が次に向かったのは、連覇を目指したエリザベス女王杯であった。
1番人気は3歳馬のスイープトウショウで、アドマイヤグルーヴは2番人気であった。
道中は中団の外目を首を使いながら気持ちよさそうに走っているように映った。
直線を向き先に抜けた、オースミハルカを目掛けて馬場の真ん中から襲い掛かり1馬身差を付けて勝利。
見事にエリザベス女王杯連覇を飾った。
史上2頭目の快挙だった。

翌年も現役を続けたアドマイヤグルーヴだったが、やはり牡馬に交じると結果は残せなかった。
3連覇をかけて挑んだエリザベス女王杯は前年に負かした2頭に先着を許し3着であった。

そして、現役最後のレースに選んだのは阪神牝馬ステークスであった。
斤量は57㎏と牝馬では過酷な斤量であった。
故に2番人気であったのだ。

しかし、母エアグルーヴの名を汚すわけにはいかなかった。
そのプライドをレースで見せるのだ。

このレースには桜花賞馬のラインクラフトが出走しておりダントツの支持を集めていた。

やや出遅れたアドマイヤグルーヴだが、中団からレースを進めて行く。
武豊としっかり折り合い、首を使って走る姿はもはや美しかった。
逃げたラインクラフトを捕まえる為に600mを過ぎた辺りから上がっていき、 直線を向いたころにはラインクラフトを捕まえ、そこからは後方から詰め寄る馬もいたがなんとか凌ぎきり有終の美を飾った。

そこには、自らが大きな宿命を背負って生まれてきた事が分かっているかのような走りにも見えた。
最後の最後で母エアグルーヴに一歩近づいたようにも感じた。

だが、母の存在は偉大すぎた。
そう易々と超えられるものではなかった。

『母を超えてほしい…』

そんな人々の思いがアドマイヤグルーヴを苦しめ、本来戦うべき舞台で力が発揮できなかったのかもしれない。

これからはその血を後世に繋いでいくという重要な使命があったのだが、 2012年10月15日にライバルスティルインラブの待つ天国へと母より先に逝ってしまった。

その母エアグルーヴも翌年の2013年にアドマイヤグルーヴの待つ天国へと旅立った。

アドマイヤグルーヴは天国で母の偉大さを聞かされている事だろう。
今は、そのすごさを純粋な気持ちで受け入れているのではないだろうか。

アドマイヤグルーヴ
生年月日:2000年4月30日-2012年10月15日
父:サンデーサイレンス
母:エアグルーヴ
戦績:21戦8勝
主な勝ち鞍:'03・04エリザベス女王杯(G1)
調教師:橋田満
騎手:武豊
馬主:近藤利一
生産者:ノーザンファーム

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