宝塚記念

阪神11R宝塚記念(GⅠ・芝2200m)
◎15 ゴールドシップ
○16 ラブリーデイ
▲14 トーホウジャッカル
△02 トーセンスターダム
△05 カレンミロティック
氣脈とは、「仲間うちなどでの、考え・気持ちのつながり」という意味である。
勿論、主語は人であり人と人の繋がりを表す言葉である。
ここでいう仲間うちとは、同じベクトルを向きそれに向かって進んでいく仲間を差すのである。
人と人なら分かりやすいが、人と馬ならどうだろう。

言わずもがな馬は言葉を話すことは一切出来ない。
もし、馬が言葉を話すことが出来たとしたらこれほど楽なことはないし、管理する方だって管理がしやすい。
しかしそんなことはあり得ない話しだし、人は馬が放つ小さなシグナルなどを機敏に感じ取りその馬に合ったやり方を模索しながら馬を育てていくのだ。
それを一番に感じ取り実際のレースでハンドルを取り正しい方向に導くのが騎手の役割でもあると思う。
言わば、調教師が親なら騎手は先生と言ったところだろうか。

手塩に掛けた子供を先生に預ける。
そして先生は生徒一人一人の話を聞き、その想いを受け取り正しい方向に導いていく。
一度正すべき道を間違ってしまえば生徒はへそを曲げ言う事を聞かなくなり、中には自暴自棄になり歯止めが効かなくなることもある。
この正しい先生に出会えるかどうかで生徒の未来も変わってくる。
なんでこんな話をしているのか?とお思いの方が多いでしょう。

私は、横山典弘とゴールドシップにはこの「先生と生徒の関係」がしっくりきてしまうのだ。

私は、天皇賞(春)を見て改めて“鬼才・横山典弘”の凄さを感じたのだ。
“天才・武豊”とは違う凄さがあるように思えたのだ。

天才とは、「生まれつき備わった能力。並外れた才能」と記されている。
鬼才とは、「人間とは思えないほどの鋭い才能」と記されている。

正に、ジョッキー・横山典弘にはこの“鬼才”と言う言葉が実にしっくりきたのだ。

須貝尚介-横山典弘-ゴールドシップ。
この親-先生-生徒の関係は最初から運命づけられていた訳では無い。
ゴールドシップにとって、横山先生は実に7人目の先生なのだ。
しかし、決して前の先生と上手くいっていなかった訳ではない。
ただ、ゴールドシップはどこか掴みどころのない生徒ではあった。
気分屋的な面が強く我が強く、時には先生に全く従わないこともあった。
そんな、ゴールドシップに横山先生が初めて跨ったのは昨年の宝塚記念であった。

それまで、ゲートに難があったゴールドシップだが気分が良ければ出て、一度ふて腐れれば出ないことがあった。
しかし、横山先生が担任になった途端ゴールドシップは時折優等生な一面を見せるようになっていた。
その一面が垣間見れたのが昨年の宝塚記念であった。
この優等生という意味は先生のいう事をしっかりと聞く馬になっていたようと言う意味だ。
決してゲートを出た訳ではないのだが、横山先生の指示に従っていた。
これまでは、スタートとしても動くことなく後方からの競馬が多くなっていた。
好位で競馬が出来る時は、奇跡的にスタートを出た時だけだった。

「この馬には好位で競馬をさせたい」
これは親(須貝調教師)の子供(ゴールドシップ)に対する考えであり、進んで欲しい道でもあった。
親心ならなるべく子供には苦労(後方一気の厳しい競馬)はして欲しくない、
出来る事ならリスクのない道(好位から安定した競馬をする)を進んで欲しいに違いない。

ただし、横山先生は違う考えを持っていた。
「競馬と言うのは馬が優先であり、先生として馬の考えてることや気持ちを最大限汲み取らなければならない。」と常々考えているに違いない。
まぁ、これは完全に私の憶測に過ぎないのだが・・・。
そう、この先生は自分が勝つとか負けるとかの前に「今、馬が思っている事を自分で最大限汲み取りそれをレースに反映させる」というスタイルの様に私は感じるのだ。

故に、横山先生は時折見せる後方ポツンなどが発動しファンの人はやる気を感じないと思う事もあるだろう。
しかし、それは先生なりの考えでレースに乗っている結果に違いない。と私は思うのだ。
走りたくもないのに無理に走らせ怪我でもして最悪の事態になったら元も子もない訳で。

しかし、逆もあるのだ。
2004年の天皇賞(春)のように、この時は馬の気を大事にすると言うか他の騎手を欺いた騎乗にさせ思えた。
スタート後の手綱のしごき方を見れば一目瞭然。
しごきにしごきいかにもハイペースに見せ、自らはマイペースを刻んでいきいい所でペースを落とした。
そして、終わってみれば7馬身差の圧勝劇。
ここにも「これぞ横山典弘」を見せつけられた。

さぁ、そろそろ本題に向かって行こう。

ゴールドシップにとって5月の京都競馬場は鬼門であった。
3歳時のダービーや4歳・5歳時の天皇賞(春)でスピード馬場への対応力がない事は既に露呈してしまっていた。
スタミナには秀でた馬だがスピードが劣る面があり、故に馬場の重い阪神や中山では圧倒的なパフォーマンスを発揮できるのであった。

2015年の初戦のアメリカジッキークラブカップで不可解な敗戦をしたが、続く阪神大賞典では復活の三連覇を達成。
しかし、親である須貝尚介調教師は天皇賞(春)への出走に関しては慎重に慎重を重ねていた。
それは、過去2年間の敗戦が原因であったのは言うまでもないし、親心としては適切な判断であった。

だが、先生である横山典弘だけ考えは違っていたのだった。
その前の乗っていた岩田康誠がゴールドシップの乗れないと分かると自ら須貝調教師に電話をし、「僕には秘策がある。だから天皇賞で乗せてほしい」と進言をしたのだ。
親と先生の間でこのようなやり取りが行われており、ゴールドシップの天皇賞出走が決まったのだった。
走る前の以上、結果なんて分かるはずがないのだがこの選択は生徒であるゴールドシップにとっては先生横山典弘から見た正しい判断だったのかもしれない。

そして、悲願の天皇盾を賭けた第151回天皇賞(春)。
この日のゴールドシップの気分は悪そうに見え、いつにも増してゲートを嫌がったのだ。
目隠しをされようやく入れるほどレースに向けては暗雲が立ち込めていた。
ゲートは五分に出たのだがいつも通り二の脚は付かずに最後方からの競馬になった。

縦長に流れていたのだがペースは早くはなく、ゴールドシップには歓迎できる展開では無かった。
最初のメインスタンドで少しポジションを上げ、2週目の坂の手前から横山典弘はゴールドシップを鼓舞し始めた。
競馬の定石として残り1000mから追い出すなど考えられる乗り方では無かった。
しかし、そんな定石の囚われない騎手が横山典弘なのだ。
眠っていたゴールドシップの競走馬としての魂を呼び起こしたのだった。


坂を下った時のポジションは3番手で後はいつ抜け出すかだけだったが問題はゴールドシップに最後の脚が残っているかだけだった。
が、最後まで先生は生徒の気を害することなくゲキを飛ばし続け最後は勝利をもぎ取ったのだ。
レース後、「今日は、僕と彼の戦いでしたが、彼の勝ちです」と。
先生は生徒を称えたが、私には見事に生徒の気分を最大限に引き出した「先生の勝ち」に見えた。
先生の指示に従い、ゲキに応えたのだ。
これこそ、正に横山典弘とゴールドシップの氣脈ではないだろうか。

馬が思っていることや考えている事を、小さなシグナルから読み取り道を作ってあげる事。
それには、お互いの思いが繋がってなければ出来ない事である。
先生は生徒にある程度の気を使い、生徒は先生に全幅の信頼を寄せる。
人と馬の間でもこの様な関係が成り立ったときに、とてつもない強さを発揮するのだなと感じたレースでもあった。

横山典弘がゴールドシップに乗ってから凱旋門賞を除けば国内連対率は実に100%である。
僅か、4戦しかコンビを組んではいないのだがデビューから紡いできたかのような絆さえ感じてしまう。

先にも述べたが私は、横山典弘を“鬼才”と表現させてもらった。
この人並み外れた能力とは、馬の心を読み取る事に長けていることなのだろう。
そこには、長年ジョッキーとしての経験が裏付けとしてあるからだろう。

長々と話してしまったが、今週の本題は宝塚記念である。
そして、今年の宝塚記念には非常に大きな意味が含まれているのだ。
「JRA史上初同一平地G1三連覇」と言う偉業だ。
過去にはメジロマックイーンが天皇賞(春)三連覇を掛けてレースに挑んだが、ライスシャワーに敗れてしまい大偉業達成は成し遂げられなかった。
過去にもこの偉業に挑戦した馬は存在していたが、いずれも達成することは出来なかった。

この大偉業に、横山典弘とゴールドシップは挑むのである。
その為に必要なのは、何度も言っているが先生と生徒の氣脈である。

今の、横山典弘とゴールドシップの間にはとてつもなく太い氣脈を感じ取ることが出来る。
そこには絆とも違うものを感じるのだ。

横山典弘はゴールドシップに乗ることを楽しみ、ゴールドシップは横山典弘と走る事を楽しんでいるようにも感じる。
このお互いの間に生まれている氣脈こそが3連覇へのカギだろう。

いよいよ本題です。
いつもは予想をさせて頂いていますが、今回に限りゴールドシップ三連覇への可能性について述べさせてもらいます。

ずばり、単純な可能性として私は三連覇が濃厚だと思ってます。
あくまでも可能性の話です。
競馬なので絶対はありませんが、メンバー構成など見ても力的には抜けています。
あとは、ゴールドシップからしたら己との戦いなのです。
ただ、今のゴールドシップには自分の気持ちを最大限汲んでくれる先生が付いてます。
この先生は決してゴールドシップがへそを曲げるような方向へは導かないのです。

そして、その先生の粋な気持ちを感じ取りゴールドシップが真面目に走る可能性も感じてます。
生徒から先生への恩返しが果たされたときに同一平地G1三連覇と言う歴史的偉業が達成される事でしょう。

今回は、これまでと違った形で記事を書かせてもらいました。
私が、横山典弘騎手とゴールドシップから感じた事を書きました。
皆さんに、少しでも違った側面から競馬を楽しんで頂けたら幸いです。
うま

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