ウォッカ

その粘り強さや、強い酒のように刺激的

ウオッカは2004年4月4日日に生まれ、2010年3月18日に引退した中央競馬の鹿毛色の名馬です。
タニノギムレットを父にもち、母にタニノシスター、母方の父にルション、母方の母にエナジートウショウを持ちます。
産地は北海道の静内町のカントリー牧場で、馬主は谷水雄三氏でした。
調教師は粟東所属で調教スキルに定評がある角居勝彦調教師です。

馬名はアルコール度がキツイことで知られるロシアの酒の名前です。
ウォッカの醸造のように熟成し、かつパンチのある走りを期待して名付けられたのかもしれません。

レースの出場回数は22レースで1着が10回、2着が5回、3着が3回、4着以下が4回で、 日本での勝率は0.455、連対率は0.682ですが、3着内率が0.818と3連複やワイドなどを買うには確率の高い馬といえるでしょう。
ウオッカが1着となったレースを振り返ってみましょう。

まず、初めてのレースは2006年10月29日の京都競馬場での2歳新馬戦でした。
鮫島克也騎手の騎乗で2番人気でしたが、見事1着でゴールします。
その後は四位洋文騎手の騎乗で12レースを戦いました。
2レース目の黄菊賞では2着に甘んじたものの、続く阪神JF、エルフィンS、チューリップではいずれも1着をゲットします。
続く桜花賞では1着でしたが、2007年5月の東京優駿では1着になります。

しかし、その後はしばらく不振が続きます。
8着、3着、取消、4着、11着、6着と奮いませんでした。
成績が揮わない中でも日本の代表馬として海外戦に臨み、2008年3月のドバイDFに出走します。

この時は武豊騎手の騎乗で4着、続く5月の東京競馬場でのヴィクトリア杯では同じく武豊騎手の騎乗で2着に入り 海外戦で環境が変わり吹っ切れたのか、調子を取り戻してきました。
6月の安田記念では岩田康誠騎手の騎乗で、見事1着に返り咲きました。
10月の毎日王冠では武豊騎手の騎乗で2着でしたが、翌月の秋の天皇賞では1着を勝ち取りました。
その後は再びスランプに陥り、3着、5着(凱旋レース)、7着(凱旋レース)と残念な結果に終わります。

しかし2009年5月のヴィクトリア杯で再び1着に返り咲き、続く安田記念でも1着を獲得しました。
ウォッカの素晴らしいところは、何度となくスランプに陥り、もう力がなくなったのかと思いきや、 見事に復活を果たすところです。
その粘り強さや、ダメだと思われながらも快進撃を見せる姿に、多くのファンが魅了され勇気をもらいました。

その後は2着、3着のレースの後、ジャパンCでの1着を日本での最終レースとし、 2010年3月4日にアラブでのアル・マク3にC.ルメールの騎乗で8着を最後に引退します。
海外戦が最終レースとなり、ロシアの酒のごとく国際的に活躍した馬でした。

過去の歴代年度代表馬
うま

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