日本ダービー

第57回 東京優駿(日本ダービー)

1990年の日本ダービーと言えば歴史に名を残すダービーと言っていいだろう。
入場者数19万6517人が府中の東京競馬場に駆けつけたのだ。
これは未だ破られていない史上最高の入場者数である。
この時代の競馬と言えば地方から来たオグリキャップブームに沸いていた頃である。
しかし、オグリキャップはクラシックに出走することは出来なかったのだ。

そんな中で行われた第57回日本ダービー。
1番人気は皐月賞3着のアンバーシャダイ産駒のメジロライアン。
2番人気は皐月賞馬にして天才・武豊を鞍上に迎えたハクタイセイ。
3番人気は朝日杯3歳ステークスをレコードタイで勝利したアイネスフウジン。
となっていた。

1番人気のメジロライアンは前走の皐月賞では進路を見つけることが出来ずに最後は追い込んだものの 3着と不完全燃焼のレースとなったのと同時に、「メジロ悲願のダービー制覇」の期待が込められていた。
ジョッキーは当時24歳の横山典弘であった。

1990年5月27日15:30分。
誰もが欲しい栄光のスタートが切って落とされたのだ。

22頭立てのレースをまずはアイネスフウジンがハナを切り、21頭を従えてレースを作っていく。
ハクタイセイは果敢に2番手から、1番人気のメジロライアンは11番手とちょうど真ん中からレースを進めていくのであった。
1000m通過が59.8と早くも遅くもないペース。
道中も13秒代が一回もなく逃げたアイネスフウジンは息を抜くところがないようなペースで進んでいた。
ラップ的には後方の馬にとっては絶好の展開であった。
その流れを中団でメジロライアンと横山典弘は虎視眈々と狙っていた。

1600mを過ぎたあたりから徐々にアイネスフウジンがペースを上げ始める。
それにハクタイセイはついていくが後続はそのままであった。

大ケヤキを過ぎ2番手からハクタイセイが早々にアイネスフウジンを捕まえにかかる。
メジロライアンは4コーナー手前から徐々に上がっていくがまだ前とは差があった。
しかし、道中のペースを考えれば差し切れる流れではあった。

そして、栄光への残り500m。
各馬が一斉に前に襲いかかっていく。

しかし、アイネスフウジンの手応えは良かった。
鞍上の中野栄治は坂下でアイネスフウジンを鼓舞した。
それに応えるアイネスフウジン。
アイネスフウジンを捕まえに行ったハクタイセイは脱落。
後は、メジロライアンの足音がいつ聞こえるかだけだった。

逃げるアイネスフウジン。
そのリードはまだ数馬身。
外から猛然と赤い帽子が追ってきた。
メジロライアンと横山典弘であった。

ラチ沿いを懸命に逃げるアイネスフウジン。
そのアイネスフウジンだけを目標に追うメジロライアン

残り200mを切っても差は詰まらない。
メジロライアンの猛追を1馬身1/4凌ぎ切ったところがゴールであった。

3歳王者が威厳を取り戻した瞬間であったと同時に、メジロの悲願は達成されなかった。
明と暗がはっきり分かれた瞬間でもあった。

勝ったアイネスフウジンと中野栄治。
向う正面で立ち止まってから、メインスタンドに引き返してきた人馬をファンは讃えた。
スタンドから人知れず沸いたナカノコール。
「ナ・カ・ノ、ナ・カ・ノ」
と誰が言い出したわけでもなくただ勝者を称えたファンの粋な計らいであった。

この光景はこれまでにはない全く新しいものであった。
それだけ、人々はギャンブルと言う概念から人と馬が織りなすドラマに魅せられ、それを純粋に楽しんだ結果なのであろう。
これは、競馬にとっては大きなターニングポイントと言っても過言ではない。
それほどまでに『歴史的な出来事』であった。

第57回東京優駿(日本ダービー)
1着:アイネスフウジン(中野栄治)
2着:メジロライアン(横山典弘)
3着:ホワイトストーン(田面木博公)

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