2006年、凱旋門賞

第85回 凱旋門賞

ディープインパクト(2006年)失格(3位入線)
【世界が恐れた日本の『衝撃』】

・血統
父:サンデーサイレンス
母:ウインドインハーヘア
父母:Alzao

・戦績
14戦12勝
14億5455万円

・主な勝ち鞍
2005年:皐月賞(G1)
2005年:日本ダービー(G1)
2005年:菊花賞(G1)
2006年:天皇賞(春)(G1)
2006年:宝塚記念(G1)
2006年:ジャパンカップ(G1)
2006年:有馬記念(G1)

2004年12月19日、阪神競馬場の芝2000mで1頭の怪物があっさりとデビュー勝ちをした。

この馬が一気に注目を浴びるようになったのが2005年1月22日に京都競馬場で行われた2戦目の若駒ステークス。
京都競馬場内回りの4コーナーで先頭と10馬身ほどあった差は、瞬く間に縮まっていき2着馬に5馬身差で勝利。
この時、この馬の事をこう呼ぶ人が増えた『間違いなく三冠馬だ!』と。

その、僅か2戦足らずで世間に圧倒的な衝撃を与えた馬こそ

“ディープインパクト”である。

スタートで躓きながらも勝った皐月賞、直線大外一気の日本ダービー、 道中引っ掛かりながらも差しきった菊花賞とどのレースも桁違いの勝利を挙げシンボリルドルフ以来の21年分ぶりの“無敗の三冠馬”の誕生であった。
この年の締めくくりの有馬記念こそハーツクライの奇襲に会い初めての敗戦を喫するが、 陣営から翌年の凱旋門賞挑戦が発表された。

2006年もディープインパクトは見ているファンに衝撃を与え続けるのである。
この年、最初のG1タイトルは天皇賞(春)。
3200mの長距離で鞍上の武豊騎手が見せたのは常識を超えた手綱捌きであった。
折り合いがしっかり付いたディープインパクトを、残り1000mからの超ロングスパートをかけたのだ。

3コーナーを回って先頭に立つとリンカーンの追撃を振り切り勝利し、勝ちタイム3:13.4は世界レコードであった。 このレース後、鞍上の武豊騎手はこう言った。

『世界にこの馬以上強い馬がいるのかな?』と。

この言葉に全ての競馬ファンは世界制覇の期待を抱いたのであった。

凱旋門賞前の日本での最後のレースは、春のグランプリ宝塚記念。
当日は雨が降り稍重になった馬場でも自分のレーススタイルを変えることなく、このレースでも後方からのレース。
残り600mを過ぎ辺りから進出を開始し直線半ばで先頭を捉えると4馬身差の快勝。
誰しもが凱旋門賞制覇を確信した瞬間であった。

10月1日、ロンシャン競馬場にはディープインパクトの快挙を一目見ようと日本から多くのファンが駆け付けたし、異例のテレビ中継もあった。
競馬界を超えてディープインパクトの凱旋門賞制覇を期待する人が多かったのだ。
2006年の凱旋門賞に集まったのは僅か8頭だけであった。

スタート後、ディープインパクトはいつもとは違い2番手からレースを進めて行った。
直線で一度は先頭に立つも、残り100mほどでレイルリンクに差され、ゴール前でプライドにも捕まり3着と言う結果に終わってしまった。
その後、ディープインパクトから禁止薬物が検出され失格処分となってしまった。

帰国後に出走したジャパンカップでは、ダービー同様に大外から差しきり復活勝利を挙げた。
そして、引退レースになった有馬記念。
ディープインパクト史上、最高の走りを見せ見事有終の美を飾った。

武豊騎手はディープインパクトをこう称えた。

『走っていると言うより飛んでる感じ』と。

ロンシャンで飛ぶ姿を見る事は出来なかったがそれは子供たちに託そうではないか。

第85回凱旋門賞
1着:レイルリンク(S・パスキエ)
2着:プライド(C・ルメール)
3着:ハリケーンラン(K・ファロン)
3入線(失格):ディープインパクト(武豊)

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