トゥザビクトリー

『トゥザヴィクトリー』

サンデーサイレンス産駒として生を受け生まれながらにクラシックの期待を掛けられた馬。
しかし、その願いは叶わなかった。
その後、遥か遠いドバイの地で一瞬輝きを放った牝馬。

付けられた名前は“勝利に向かって”

『トゥザヴィクトリー』

1998年の12月にデビューを迎えたトゥザヴィクトリー。
見事新馬戦を勝利し2戦目は500万下の福寿草特別だった。
ここにはクラシック候補生の牡馬たちが出走してきておりその中で2着と健闘し力があるところは示した。
続くつばき賞を勝ち、桜花賞トライアルのアネモネステークスへと進んだトゥザヴィクトリーは3着に入り桜花賞への権利を確保できなかった。
しかし運はあった。
見事抽選に通り桜花賞出走を決めたのだ。

第59回桜花賞。
トゥザヴィクトリーは5番人気での出走だった。
16番枠という不利な枠であったが果敢に2番手を確保しレースを進めていく。
4コーナーを手応え良く回ったトゥザヴィクトリーだったが、最後はプリモディーネ、フサイチエアデールの末脚に屈し3着となった。

続く、第60回オークス。
ここでは武豊が跨り1番人気に支持された。
好位の5番手の内からレースを進めていく。
直線を向き内から絶好の手応えで伸びていく。
一旦はセーフティリードを保ち勝ったかと思われたが最後は大外からウメノファイバーの強襲に合い2着となってしまった。

秋の初戦にローズステークスを選び1.4倍の圧倒的な人気でレースを迎えた。
しかし、ここを4着に敗れた本番の秋華賞に向かった。

第4回秋華賞。
またもや1番人気に支持されたトゥザヴィクトリー。
いつも通りに先行したのだが、ハイペースに巻き込まれて13着と大敗を喫した。

その後、しばらく休養に入ったトゥザヴィクトリーは翌年の6月のエプソムカップから復帰した。
結果は5着、その後マーメイドステークスを2着として夏の札幌でのクイーンステークスに向かった。
単勝1.8倍に応えて見事逃げ切り勝ち。
実に500万した以来の勝利となり初重賞勝利を飾った。

秋はエリザベス女王杯を目指し府中牝馬ステークスで復帰。
ここもあっさりと逃げ切り勝ちを収めて強いトゥザヴィクトリーを見せたのだ。

そして、念願のG1獲りへ。
第25回エリザベス女王杯を2番人気で迎えた。
ここも果敢に逃げレースを作っていく。
絶妙なペースで逃げたのだが最後はファレノプシス以下の差し脚に屈し4着になる悲願のG1勝利はお預けとなった。

そこから1ヶ月後の阪神牝馬特別に出走したトゥザヴィクトリーは、ここは3番手から抜けだす競馬を見せ勝利。
重賞3勝目を飾った。

陣営がこの馬に思うことはただ一つ。
「とにかくこの馬にG1を獲らせたい」という願いだけであった。

そこで路線を芝からダートに変更し2月に行われるフェブラリーステークス出走を決めた。
初めてのダート挑戦と未知数な部分は多かったが3番人気に支持され、3着と健闘。
この結果を受けてドバイワールドカップ挑戦を決めた。

2001年3月24日第6回ドバイワールドカップ。
日本からは2頭出走しておりその内の1頭がトゥザヴィクトリーであった。
特に日本のファンの期待は大きいものではなかった。

世界の並み居る牡馬を引き連れてトゥザヴィクトリーは果敢にハナに立っていく。
首が高い走りは相変わらずだが気分良く走っているようには見えた。
直線を向いてもトゥザヴィクトリーは先頭にいた。
早くバテることなく走っていた。
アメリカのキャプテンスティーヴに捕まっても粘り通したトゥザヴィクトリーは2着と大健闘した。
牝馬としてドバイワールドカップ史上最高着順であった。

健闘はしたがまたもやG1には手が届かなかった。
春はレースに出走することなく秋のエリザベス女王杯に直行で向かった。

2001年11月11日第26回エリザベス女王杯。
前年よりもメンバーは強くなっていた。
牝馬2冠馬のテイエムオーシャン。
オークス馬レディパステル。
ローズバド・ティコティコタックなどG1馬やG1で好走してきた馬が集った。
ここでトゥザヴィクトリーの評価は4番人気。
やはり、海外帰りによる長期休み明けが懸念されてのものだった。

トゥザヴィクトリーの戦法といえばスピードを生かした逃げか先行での競馬だった。
見るもの全てがこのレースでもトゥザヴィクトリーがレースを引っ張るものだと思っていた。

しかし、武豊だけは考えが違っていた。

ゲートが開いて武豊はトゥザヴィクトリーをなんと中団でレースをさせたのだ。
これまで1回も試みたことのないレースであった。
場内はどよめいた。

しかし当のトゥザヴィクトリーはエスコートしてくれている武豊に自らを委ねるように託していた。
前が飛ばしたペースは明らかにハイペースであった。
4コーナーまでじっと我慢させ直線ではその溜めた脚を爆発させた。

先に抜けたテイエムオーシャンを各馬が追いすがる。
内レディパステル、中トゥザヴィクトリー・ティコティコタック、外ローズバドと各馬が馬体を併せてゴールをした。
その中で真っ先にゴール板を通過したのは『トゥザヴィクトリー』であった。

関わる全ての人の思いが届きトゥザヴィクトリーは遂に念願のG1制覇を成し遂げた。

それはまるで、淀の2200mというバージンロードを武豊がエスコートしているようにも見えた。
パートナーのトゥザヴィクトリーをよく知る武豊だけが成せる芸当であろう。

晴れてG1馬になったトゥザヴィクトリーはその後ジャパンカップで14着、有馬記念で3着になり 翌年もドバイワールドカップに出走するが11着と敗れて現役を引退した。

その後は、繁殖牝馬となり産駒はまだG1には届いていないが質の高い子供達を世に送り出しG1制覇の期待もかかる。

付けられた名前とは裏腹になかなか“勝利には届かなかった”
が、共に信じたパートナーのエスコートにより何よりも欲しいものを手にした。

『武豊』と『トゥザヴィクトリー』は最高のパートナーだったのかもしれない。

トゥザヴィクトリー
生年月日:1996年2月22日
父:サンデーサイレンス
母:フェアリードール
戦績:21戦6勝
主な勝ち鞍:'01エリザベス女王杯(G1)
調教師:池江泰郎
騎手:武豊
馬主:金子真人
生産者:ノーザンファーム

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