キョウエイマーチ

キョウエイマーチ

20世紀の名馬の一頭に数えられるアメリカ生まれのダンシングブレーヴ。
その伝説の馬を父に持ち持ち前のスピードを武器に桜の女王にまで駆け上がったピンクが似合う牝馬。

それこそ…

『キョウエイマーチ』

である。

北海道の門別にあるインターナショナル牧場でインターシャルマンの2番目の子供として生まれたキョウエイマーチであったが 生まれながらにして脚元に不安を抱えていた。
しかし、牧場スタッフの懸命な治療の結果なんとか競走馬としてデビュー出来るまでに回復した。

栗東の野村彰彦厩舎に入厩したキョウエイマーチは1996年11月の阪神ダート1200mでデビューを迎えた。
鞍上には松永幹夫を擁した。
1番人気に支持されたキョウエイマーチはスタート後一気にハナに立ち、直線では2着以下を1.7離して大差での勝利を収めた。
決してダートが得意な血統ではないが、この時点では持っているスピードの絶対指数が違っていたのだ。

2戦目の芝の500万で3着になると、再びダートの自己条件戦に出走。
ここも後続に1.6の大差での勝利。
これでオープン入りを果たしたキョウエイマーチはオープンのエルフィンステークスも勝利。
この勢いで桜花賞を目指すべくトライアルに進むのだ。

この頃関東にはメジロドーベルという父にメジロライアンを持つ3歳女王がいた。
桜花賞の権利を取れれば本番で相見える相手であった。

ともあれ、無事にトライアルの4歳牝馬特別まで進んできたキョウエイマーチ。
人気は1番人気。
スタートから終始2番手につけ直線で先頭に躍り出るとそのまま後続に圧倒的な差を付けて勝利。
自信を持ってメジロドーベルに挑めることになった。
距離的にはキョウエイマーチに分があるのは間違いなかった。

1997年4月6日第57回桜花賞。
阪神競馬場の天候は雨、馬場状態は不良であった。
キョウエイマーチ、メジロドーベル共に8枠からの発走。
キョウエイマーチに至っては絶対的に不利と言われている大外の18番枠からのスタートとなった。
スタート後、キョウエイマーチ鞍上の松永幹夫は馬を押して前に付けさせた。
押っ付けた分だけ引っかかりながら進んでいるようにも見えた。
しかし、キョウエイマーチはしっかりと2番手からレースを進めていく。
ライバルのメジロドーベルは後方3番手あたりで構え4コーナーでは5番手まで上がっていた。

そして、直線を向きキョウエイマーチが逃げ込み態勢に入る。
それを馬場の外側からメジロドーベルが必死に追う。
しかし、なかなか差は詰まらない。
結果、キョウエイマーチがメジロドーベルの4馬身の差を付けて見事桜の女王に輝いた。
キョウエイマーチにとっては馬場が向いた形となった。

当然の如く次走はオークス。
しかし、ここはやはり距離の壁になく形となった。
短距離志向の強いキョウエイマーチはここを11着と大敗。
勝ったのはメジロドーベル。
これで1勝1敗。
完全決着をつけるのは秋の秋華賞になった。

キョウエイマーチは秋の初戦として秋華賞トライアルのローズステークスから始動。
1番人気はNHKマイルカップを勝ったシーキングザパールに譲ったが、2番人気で迎えた。
持ち前のスピードを武器にここもスタートからハナに立ちそのまま押し切り勝ちを収めた。
一方の、メジロドーベルは古馬との混合戦のオールカマーを勝って秋華賞に向かった。

これで完全決着の舞台は整った。
どちらが3歳女王に相応しいのかそれを決める為の秋華賞のスタートが切られるのであった。

1997年10月19日第2回秋華賞。
春にタイトルを分け合った2頭によるレースであることは言うまでもなかった。
ローズステークスを勝ったとはいえこの距離に絶対的な自信がキョウエイマーチにはある訳ではなかった。
むしろ、メジロドーベルに距離の利はあった。
それは単勝オッズにも顕著に出ていた。

1番人気:メジロドーベル(1.7倍)
2番人気:キョウエイマーチ(3.9倍)

と、キョウエイマーチからすれば水をあけられた形となった。

17番枠からスタートしたキョウエイマーチだが、このレースではハナにはいかなかった。
行きたい馬を行かせてキョウエイマーチは2番手からレースを進めていく。
4コーナーを抜群の手応えでキョウエイマーチは回ってきた。
メジロドーベルはキョウエイマーチを追うような形で上がってくる。
残り50mまではキョウエイマーチが先頭であったが最後はメジロドーベルの切れ味に屈し2着。
直接対決はメジロドーベルに軍配が上がった。
ライバルとして凌ぎを削ってきた両馬であったがこれ以降戦うことはなかった。

距離をマイル路線に絞ったキョウエイマーチはマイルチャンピオンシップに参戦。
ここでも持ち前のスピードを遺憾なく発揮しタイキシャトルの2着とこのレベルでも通用するところを見せた。
距離を短くしスプリンターステークスに向かったがここを11着としてこの年を終えた。

それ以降、勝てない日々が続いた。
1998年のマイルチャンピオンシップから鞍上を秋山真一郎に変えた。
それでも勝てない日々が続いた。
1999年の阪急杯で勝利。
これが実に1年7ヶ月ぶりの勝利であった。
その後、再びG1制覇に届くことはなかった。

キョウエイマーチの最後の勝利は2000年の京都金杯。
牝馬ながら57キロを背負い勝利。

3歳から6歳まで己のスタイルを貫き通し走り抜けた桜の女王。
ピンクのメンコと桜の木がこの馬には似合っていた。

桜花賞が一番似合うのはキョウエイマーチかもしれない。

キョウエイマーチ
生年月日:1994年4月19日-2007年5月9日
父:ダンシングブレーヴ
母:インターシャルマン
戦績:28戦8勝
主な勝ち鞍:'97桜花賞(G1)
調教師:野村彰彦
騎手:松永幹夫
馬主:松岡留枝
生産者:インターナショナル牧場

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