キズナ

キズナ

姉は1998年桜花賞と秋華賞を制したファレノプシス。
そして、そのファレノプシスの弟が競走馬になるために牧場で生活をしているときに日本全体を不幸が襲った。
2011年3月11日に東北地方を中心に地震が発生し、甚大な被害に見舞われた。

その翌年にデビューを迎える馬の中の一頭に「競馬と人の絆」という意味を込められて名付けられた馬がいた。

その馬こそ2013年、苦悩する天才武豊に復活のダービー勝利をもたらした馬。

そう。

『キズナ』だ。

キズナと武豊。
この出会いは悲運が生んだ偶然なのだが、どことなく必然のようにさえ感じてしまう縁だった。

元々、キズナには佐藤哲三が乗っていた。
ノースヒルズ・佐々木晶三・佐藤哲三。
この3人は非常に固い絆で結ばれていた。
その佐藤哲三が、2012年に京都競馬場で落馬による大事故に見舞われた。
正に生きているのが奇跡と呼ぶに相応しいほどの大事故だった。
その佐藤哲三に変わって白羽の矢が立ったのが、ここ数年もがき苦しんでいた天才武豊であった。

ここまで2戦2勝で迎えた3戦目。
第29回ラジオNIKKEI杯2歳ステークス。
武豊が初騎乗と少頭数という事もありスタート後2番手での早めの競馬をしていく。
その後ろにライバルのエピファネイアがいた。
前半の1000mは66秒の超が付くほどのスローペース。
直線を武豊は向き追い出しを開始するが思いのほか伸びる事が出来なかった。
エピファネイアに1馬身差を付けられ、逃げたバットボーイも差すことが出来ずに3着だった。
この敗戦を機に武豊はキズナとの信頼を深めて行くのである。
そして、たった1戦でキズナと言う馬のポテンシャルを見抜き頂点へと駆け抜けていくのである。

皐月賞を目指してキズナは、皐月賞トライアルの弥生賞に駒を進めてきた。
ここには、暮れのラジオNIKKEI杯で敗れたエピファネイア、朝日杯で1番人気だったコディーノなど、 この先もライバルと目されるであろう馬たちも出走をしてきており力を試すには絶好の機会だった。
前走は、前目で競馬をしたキズナだがこのレースでは後方からレースを進めていった。
4コーナー前から徐々に進出を初め、いざ追い出しを開始すると前に進路がなかった。
最後は伸びては来たのだが脚を余して5着。
これにより、陣営は目標を皐月賞からダービーにすぐ切り替え、そこから逆算してローテーションを組みなおした。

その、仕切り直しの1戦として3月に阪神で行われる毎日杯になった。
断然人気で迎えたキズナは、ここでも後方からレースを進めて行く。
直線を向いてもまだ後方にいたキズナ。
しかし、武豊は慌てる事は全くなかった。
そこには既に、武豊とキズナの絆が結ばれているのが垣間見れた瞬間だった。
ラスト3ハロンは34.3の末脚を駆使し初重賞勝利。
これで、ダービーに一歩近づいた。

毎日杯からダービーへは間隔が開いてしまうので京都新聞杯を挟んでダービーに向かう事が決まった。
いつも通り後方からレースを進めて行く。
3コーナー過ぎの坂の下りからゆっくり進んでいくが、前とはまだ差はあった。
そして、直線を向いてゴーサインが出ると前走同様にキズナは弾けた。
最後は流す余裕もあっての勝利。
ここ2戦は文句なしの競馬。
後は、次走の本番でもキズナの力を最大限に発揮させる事だけであった。

2013年5月26日第80回日本ダービー。
80回目の記念レースとして施行されたこの年のダービー。
14万の人が駆け付ける程の盛り上がりを見せていた。
皐月賞で好走した馬を差し置いてキズナは1番人気の支持を受けてゲートインが始まった。

15:40分。
運命のゲートが開いた。

1番枠から出たキズナはそのまま後方に下げいつものポジションから進めて行く。
人気のロゴタイプは4番手、エピファネイアは中団からレースを進めて行く。
ここ出ている18頭全ての馬に携わる人の思いがこのレースには託されている。
もちろんキズナもその一頭だ。

落馬事故により長期の休養を余儀なくされている佐藤哲三の為にも是が非でも勝ちたいレースであった。
武豊にとってももちろん勝ちたいレースであった。

道中リズムよく進んでいたキズナと武豊。
大欅を過ぎ、少しづつ進んでいく。
そして運命の525mの直線に差し掛かった。

先に皐月賞馬ロゴタイプが抜け、その後を追うようにエピファネイアも馬群を割って伸びてくる。
その頃、キズナは大外に持ち出していたが一瞬だけ挟まれるところがあった。
坂を上って残り200mを切ったその時だった。
先に抜けたエピファネイアを目掛けて、赤と青の勝負服が迫ってきた。

残り100m地点ではまだエピファネイアが先頭。
それを1完歩づつ差を詰めるキズナ。
残り50mを切った時、エピファネイアとキズナの順序が変わった。

キズナがエピファネイアを半馬身捕まえたところがゴールだった。
キズナに関わった全ての人の思いが結ばれた瞬間だった。

“武豊ダービー5勝目”
計らずも競馬場内からは武豊とキズナを祝福する拍手が鳴りやまかった。
天才の復活こそ競馬ファンが待っていた光景であった。
奇しくも最後にダービーを勝ったのは、キズナの父ディープインパクトが勝った2005年以来だった。
史上初の同じ騎手による親子ダービー制覇となった。

武豊はインタビューの最後をこう締めくくった

『僕は帰ってきました』

この一言に全てが集約されているようだった。

第80代ダービー馬となったキズナは秋に凱旋門賞挑戦が発表された。
ダービー馬がその年に凱旋門賞に向かうのは初の試みであり、オルフェーヴルと併せて悲願が期待されていた。

凱旋門賞と同じ舞台で行われるニエル賞にキズナは出走した。
海外に来てもそのスタイルが変わる事はなかった。
後方2番手から進んでいき、最後の直線で馬なりでポジションを上げて行き残り300mから追い出し開始。
最後はイギリスダービー馬のルーラーオブザワールドに詰め寄られるがハナ差制し勝利。
日英ダービー馬対決は日本に軍配が上がった。

2013年10月6日第92回凱旋門賞がフランスロンシャン競馬場で行われた。
人気は、昨年2着のオルフェーヴルが堂々の1番人気。
キズナは前走の勝ち方が評価され3番人気での出走となった。

ここでもポジションは後方から進めて行く。
フォルスストレートから最後の直線に掛かるところで上がっていき、武豊はオルフェーヴルに蓋をした。
ここに武豊の本気を見た。

武豊が必死に追い伸びてはいるが、勝ったトレヴから遅れて4着でのゴール。
結果は残念ではあったが悲観するものではなかった。

翌年に再び凱旋門賞を目指すべく休養に入った。
そして、休み明けは大阪杯に決まった。

キズナとエピファネイアの一騎打ちムードの中、キズナは2番人気での出走となった。
ダービー馬のプライドが傷つけられた瞬間だった

しかし、レースではさらにパワーアップしたパフォーマンスを見せ楽々と勝利を収めた。
そして、天皇賞(春)に出走するが結果は4着。
レース後、骨折か判明し長い休養が必要になった。

そして、オーナーから2015年一杯を持って引退が発表された。

引き寄せられるべくして引き寄せられたキズナと武豊。
その間には、生死を彷徨うほどの重症を負った佐藤哲三もいる。
1頭の馬と二人の騎手の絆は計り知れないほど太く強固なものになっていた。

今年、その絆がフランスで日本に歓喜をもたらすことも願わずにはいられない

キズナ
生年月日: 2010年3月5日
父:ディープインパクト
母:キャットクイル
戦績:14戦7勝
主な勝ち鞍:13日本ダービー(G1)
調教師:佐々木晶三
騎手:武豊
馬主:前田晋二
生産者:ノースヒルズマネジメント

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