ドリームジャニー

ドリームジャーニー

ステイゴールドの2世代目の産駒として父親に初めてのG1制覇をもたらした。
その小柄な体から放たれる異次元の末脚。
一人の騎手と出会いが全ての運命の変えた。
2009年に春秋のグランプリを連覇した馬。

それが

『ドリームジャーニー』

ドリームジャーニーの父のステイゴールドと言えば、サンデーサイレンス産駒らしい気性の持ち主でとにかく激しかった。
その子のドリームジャーニーもそんな父の気性をしっかりと受け継いでいた。

ドリームジャーニーは栗東の池江泰寿厩舎に預けられた。

デビュー戦は2006年8月の新潟であった。
鞍上には蛯名正義を配し、2番人気ではあったがキッチリと勝利を収めた。

2戦目には中山のオープンの芙蓉ステークスが選ばれた。
中団で折り合ってレースを進めて行き最後の直線で馬場の真ん中から鋭く伸びを見せ差し切り勝ちを収めた。

ドリームジャーニーの走りは他馬とは違いピッチ走法な走り方であった

3戦目には、東京スポーツ杯2歳ステークスに決まった。
スタートで出遅れてしまい最後方からの競馬になってしまった。
それでも、最後は内ラチ沿いを伸びて僅差の3着であった。

その後、ドリームジャーニーは中山の2歳G1の朝日杯フューチュリティステークスに向かうのだった。
スタートで出遅れたドリームジャーニーは道中ポツンと置かれた一番後ろからレースを進めていた。
そんな離れたところにいた馬が4コーナー手前で馬群に取り付き蛯名正義は外に持ち出した。
逃げた馬と好位にいた馬の一騎打ちの中外から次元の違う脚で追い込んできて1着でゴールをした。
自身初の重賞勝利がG1であった。

この勝利で2006年の最優秀2歳牡馬に輝いた。

2歳王者になったドリームジャーニーが目指すのは当然クラシック。
皐月賞とダービーを目指し、弥生賞からスタートした。
今回は出遅れることなく中団からレースを進めて行く。
直線で鋭い伸びを見せるも、他馬に挟まれる不利を受け3着が精一杯だった。
休み明けなどを考えれば及第点ではあっただろう。
本番は次なのだから。

2007年4月15日第67回皐月賞。
3番人気に支持されたドリームジャーニーだが、ここでも出遅れ癖を見せ後方2番手からの競馬になった。
縦長で流れた展開を4コーナー手前から前との差を詰めようとするが馬が動かなかった。
そのまま外に持ち出して自慢の末脚が爆発するかと思ったが鳴りを潜め8着でのゴールとなった。

2007年5月27日第74回日本ダービー。
父と祖父がゲート入りする事が出来なかった舞台に、その孫であり子供のドリームジャーニーが立った。
非常に感慨深いものがあった。
ドリームジャーニーは8番人気と大きな期待は掛けられていなかった。
スタートしてドリームジャーニーはいつも通りの後方からの競馬。
逃げた馬が作り出したペースはスローであった。
4コーナーで殿にいたドリームジャーニーを蛯名正義は直線で大外に出した。
勝ったウオッカの次の上がりの33.1もマークするも5着と掲示板が精一杯だった。

ドリームジャーニーの春のクラシックは納得の行く結果では無かったが、まだ幼さは抜け切れてはいなかった。

夏を休養に充て帰厩したドリームジャーニーは菊花賞を目指すべく、トライアルの神戸新聞杯から始動した。
このレースから鞍上には武豊が跨った。

スタートしポジションは指定席の最後方。
阪神の長い直線で武豊は落ち着いていた。
直線を向き外から追い出しを開始すると、春には鳴りを潜めていた末脚が爆発し他馬を一刀両断。
久々の勝利を収めた。

2007年10月21日第68回菊花賞。
1番人気はセントライト記念を勝った外国産馬のロックドゥカンブに譲ったが ドリームジャーニーは堂々の2番人気で最後のクラシックに挑むのであった。
ここでもポジションは殿から進めて行き、4コーナーを前に進出し伸びるかと思われたが、思いのほか伸びる事が出来ずに5着だった。
やはり、追い込み馬の難しさがここにはあった。

その後、鳴尾記念に出走し1番人気に支持されるが伸びあぐね8着。

その後、放牧に出され4月のマイラーズカップから復帰。
あの末脚を活かすにはマイルから中距離がいいと思った陣営の判断であった。
しかし、結果は14着。
続く安田記念も10着と見せ場すら作ることが出来なかった。

安田記念の後は夏の小倉の小倉記念が選ばれた。
このレースでは、騎乗停止中の武豊に替わり池添謙一が手綱を取った。

以降、引退までこのコンビは継続されこの乗り替わりがドリームジャーニーの競走馬としての人生を一変させる出来事となる。

小倉と言えばローカルの小回りな競馬場である。
追い込みのドリームジャーニーにとってみれば決して得意な条件では無かった。

小回りとは言えポジションはいつもの後方。
600mを切った時、黒い帽子があっと言う間に先団に取り付きそのトップスピードのまま直線抜け出し3馬身差の快勝。

あの後方のポジションから先団に取り付く速さは凄まじかった。
これまで見た事のないドリームジャーニーの走りであった。

次走は朝日チャレンジカップになった。
ココでも後方からレースを進め4コーナー前から仕掛けを開始し、直線では追い出されてから重心を低くするような走りで前を捉えて勝利。
自慢の末脚には磨きがかかっていた。

これで、久々のG1勝利も見えてきた。
ただ一つ大きな欠点を抱えている事はまだ知らなかった…。

重賞を連勝し挑んだ第138回天皇賞(秋)
3強から離れた4番人気ではあったが、終わってみれば10着。
取り戻しかけた自信が無くなるようなそんな負けであった。
しかし、ここで欠点が明らかになるのだ。
ドリームジャーニーは元々左回りが苦手であったのだ。
これ以降、右周り中心で競馬を使っていく事になる。

続く有馬記念では、ダイワスカーレットからは遅れたものの僅差の4着と年々力は付けていた。
この成長力は父のステイゴールド譲りなのかもしれない。

そして、地獄を見た2歳王者が遂に輝きを取り戻す2009年の競馬が始まるのであった。

年明け最初のレースは中山のアメリカジョッキークラブカップになった。
ここでは、断然の支持を集めるも8着に敗れた。
続く中山記念は追い込んで来たがカンパニーを捉える事が出来ずに2着。
年明け3戦目は産経大阪杯。
ここには、前年のダービー馬のディープスカイがいた。
人気は当然ダービー馬。

スタートしてドリームジャーニーはディープスカイのすぐ後方に位置取った。
いつもよりは明らかに前目の位置だった。
4コーナー前からディープスカイを目標に動いていく。
直線を向きディープスカイとの叩き合いを制し勝利。
ダービー馬を蹴散らしたのだった。
この頃のドリームジャーニーは右周りの小回りが1番得意な舞台に見えた。
この勝利は価値ある勝利だった。

折り合いに難がないと踏んだ陣営はドリームジャーニーを天皇賞(春)へと向かわせた。
後方4番手からいつも通りの位置でレースを進めて行く。
坂の頂上では先頭からシンガリまではさほど差は付いていなかった。
坂の下りでスピードに乗せ好位まで取り付いていた。
直線で追い込んでくるも前は捕まる事が出来ずに3着だった。

2009年6月28日第50回宝塚記念。
春の最大目標のレースに進んで来た。
ここでも人気はディープスカイ。
離れた2番人気にドリームジャーニーがいた。

レースでは終始ディープスカイをマークするような位置取りでレースを進めた池添謙一。
大阪杯と全く同じ展開であった。
この時点で勝負は付いていたのかもしれない。

残り600mを過ぎてからディープスカイが動き出し、続いてドリームジャーニーが動き出す。
直線を向いてディープスカイに馬体を合わせてからの手応えは メンバー最速の上がりを駆使してダービー馬を力でねじ伏せ久々のG1勝利となった。

グランプリホースとなったドリームジャーニーは、秋の初戦はオールカマーから始動。
マツリダゴッホを捉えきれず2着。
続く天皇賞(秋)はやはり左回りが影響し6着。

その後、ジャパンカップを回避し春秋グランプリ連覇を掛けて有馬記念に出走した。

2009年12月27日第54回有馬記念。
この有馬記念には、ブエナビスタという怪物牝馬が偉業に挑戦しようとしており関心はブエナビスタであった。

スタートで出遅れたドリームジャーニーは後方から2番手で進めて行く。
逃げたリーチザクラウンが作り出したペースは1000mが58.6のハイペースの中、 3・4コーナーの中間地点からドリームジャーニーは徐々に進出を開始していく。
コーナーをトップスピードで回ってからそのスピードは衰えることなく先に抜け出したブエナビスタを捉えて勝利。
史上9頭目の春秋グランプリ連覇を達成した。
父ステイゴールドと祖父メジロマックイーンが敗れたレースを孫であり息子である馬が悲願を達成したのだ。
もはや、ドリームジャーニーの走りを池添謙一は手の内に入れていた。
苦しい思いをしたコンビの思いの結晶であろう。

この有馬記念で燃え尽きてしまったのであろうか。
その後は勝つことなくターフを去って行った。

ドリームジャーニーと池添謙一のコンビはここでは終わってしまった。
しかし、この出会いはその先の運命をも変えてしまう。

ドリームジャーニーが引退した2011年にオルフェーヴルと言う馬がクラシック三冠を達成するのであった。

何を隠そうその馬は、ドリームジャーニーの全弟でありその三冠馬の背中には池添謙一が跨っていたのであった。
ドリームジャーニーの存在がオルフェーヴルと池添謙一を結びつけたのだ。

ドリームジャーニーと池添謙一。
このコンビが生まれた瞬間から数年後の運命も実は決まっていたのかもしれない。

グランプリ連覇から続く三冠達成。

見えるはずはない道がドリームジャーニーにははっきりと見えていただろう。
その道こそがまさに…

『夢への旅路』

なのかもしれない…

ドリームジャーニー
生年月日:2004年2月24日
父:ステイゴールド
母:オリエンタルアート
戦績:31戦9勝
主な勝ち鞍:'06朝日杯フューチュリティステークス(G1) '09宝塚記念(G1) '09有馬記念(G1)
調教師:池江泰寿
騎手:池添謙一
馬主:(有)サンデーレーシング
生産者:社台コーポレーション白老ファーム

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