アドマイヤベガ

アドマイヤベガ

1993年に桜花賞とオークスを制したベガの初子として生まれ、 生まれながらにして様々な運命を背負わされた馬。
母を知る天才との出会いがその運命を現実のものにする。

母の輝きから6年…。
同じ府中の2400mで煌々と光り輝いた馬

それが…

『アドマイヤベガ』

母ベガの最初の婿にはサンデーサイレンスが選ばれた。
そして、受胎をしたらなんとベガは双子を身に宿していた。
競馬界ではこんな格言がある「双子の競走馬は走らない」と。
故に、ベガが宿した双子のうち片方の仔はつぶされ、もう一方が残された。
それがアドマイヤベガであった。
これもベガの血の宿命と言うべきなのが、生まれた時から脚が内向していたのだ。

それでも、デビューにこぎつけたアドマイヤベガ。
超良血馬のデビュー戦は1998年11月の京都のマイル戦であった。
単勝オッズは1.7倍と圧倒的人気であった。

1番枠からスタートしたアドマイヤベガは、中団で脚を溜めてレースを進めていく。
直線を向いて最内に進路を取り武豊が追い出しにかかる。
軽く仕掛けられたアドマイヤベガはとんでもない豪脚を発揮し後続に3馬身ほどの差を付けてゴール。
見事デビュー戦を飾った。

と思っていたら…

最後の直線で3着馬の進路を妨害したとして4着降着となった。
思わぬ事態に遭遇したアドマイヤベガだが、その後は500万下のエリカ賞に出走。
ここも断然の人気に応えて勝利。
そして、この年の最大の目標である重賞獲りに向けて暮れのラジオたんぱ杯3歳ステークスに出走した。
人気は外国産馬と二分したが最終的にはアドマイヤベガが1番人気になった。

ここも中団からレースを進めていく。
競馬のスタイルとして母とは全く異なるスタイルであった。
終いの脚を最大限に生かす。
これがアドマイヤベガのスタイルであった。

スローペースの展開を折り合いを欠くことなく進んでいき、4コーナー手前から進んでいき 直線で前を射程圏に入れると、最後は人気を分け合ったマチカネキンノホシに迫れれるも半馬身凌ぎきり勝利。
初重賞タイトルを取ると同時に、クラシックに本格的に名乗りあげた。

年が明けてアドマイヤベガが向かったのは皐月賞トライアルの弥生賞。
断然の1番人気であったが、最後は先に抜け出したナリタトップロードを捕まえ切れず2着。
それでも悲観する内容ではなかった。

そして、迎えた第1冠皐月賞。
ここに思わぬ落とし穴が待っていた。
調整の失敗により当日の馬体重は−18キロ。
やはり良血と言えど、このような状態で自身の力を最大限発揮できるほどではなかった。
勝った、テイエムオペラオーから遅れること約3馬身差の6着であった。
この無念を晴らすのは1ヶ月後のあの舞台しかなかった。

1999年6月6日第66回日本ダービー。
人気は3強に集まっていた。
1番人気は皐月賞3着からの巻き返しを誓うナリタトップロード。
2番人気は皐月賞1番人気の無念を晴らすアドマイヤベガ。
3番人気に皐月賞馬のテイエムオペラオーとなった。
この3頭の間にオッズの差はなかった。

3頭は思い思いのポジションをとった。
テイエムオペラオーは中団の8番手。
ナリタトップロードはそのテイエムオペラオーを見る形で11番手。
武豊をアドマイヤベガは後方3番手という位置で、お互いの鼓動でも聞いているのかのような感じで レースを運んで行った。

そして、4コーナーを前にテイエムオペラオーとナリタトップロードが追い出しに入る。
それを見ていた武豊も徐々の2頭と距離を詰めていく。
坂を登りまずテイエムオペラオーが先頭に立つ。
それをナリタトップロードが追う。
その外から青い勝負服のアドマイヤベガが1完歩ずつ迫ってくる。
ゴールまで残り数十メートル。
若武者の壮大な夢を打ち砕いたのは天才であった。

上がり3ハロン34.4の豪脚を駆使して第66第日本ダービー馬となった。
それは、母ベガがオークス馬になってから6年後の出来事であった。
母と息子が東の空に光り輝いた瞬間であった。

当然、秋には菊の大輪を咲かすべく菊花賞に向かうこととなった。
その前哨戦として、京都新聞杯が選ばれダービーで負かしたナリタトップロードをここでも 豪快に差し切り勝利を収めた。

そして、菊花賞。
外枠の14番枠からの発走となったアドマイヤベガは、道中折り合いを欠く姿も見受けられ、 最後の直線で追い込んでくるかと思われたがその鬼脚は不発に終わった。
結果は6着。
これがアドマイヤベガの最後のレースとなってしまった。
翌年に再び輝くことを誓ったアドマイヤベガだが、怪我を発症しそのまま引退した。

引退後は種牡馬となり上々の滑り出しを迎えた。
2世代目のキストゥヘヴンが桜花賞を、ブルーメンブラットは5歳の秋にマイルチャンピオンシップを制した。
どちらも、父譲りの豪快な決め手が持ち味の馬であった。
そんな矢先に訃報が届いた。

『アドマイヤベガ急死』

原因は胃の破裂だったようだ。

その世に残した産駒はわずか4世代。
これからという時の話であった。

その2年後に母ベガも亡くなった。
今頃、天国で2頭で光り輝いていることだろう。

織姫と彦星のように!!

アドマイヤベガ
生年月日: 1996年3月12日-2004年10月29日
父:サンデーサイレンス
母:ベガ
戦績:8戦4勝
主な勝ち鞍:'99日本ダービー(G1)
調教師:橋田満
騎手:武豊
馬主:近藤利一
生産者:ノーザンファーム

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